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特集記事アーカイヴ Issue 2004.11-12

40年後のリベンジ

text: 柴田元幸 Motoyuki Shibata

 何年か前から、けっこう頻繁に書店でトークをやるようになった。単なる翻訳者なのに、と思うが、考えてみれば翻訳者だからやりやすくもある。トークなどのイベントはだいたい新刊が出たときにやる。そうすると、「僕、今度こんないい本書いたんです」と著者が言うのはやや、というか相当気恥ずかしいだろうが、訳者が「僕、今度こんないい本訳したんです」というのは言いやすいのである。というか、それくらいいいと思える本でなければ――生活がかかっていたりするとなかなかそうは行かないかもしれないが、こっちは翻訳はあくまで遊び、そういう心配はない――訳すべきではないだろう。

 トークも何度かやっているうちに、だんだんマンネリになってくる。それを避けるために、歌か踊りでもできればやってみせるのだが、そういうのは駄目なので、たとえば、表紙をプリントしたTシャツを作って、抽選で○名様にプレゼントしたりする。安易と言えば安易だが、抽選のビンゴをぐるぐる回す瞬間などは、けっこう盛り上がる。盛り上がれば何でもいいのである。

 もう少し安易でないかもしれないもうひとつの手が、朗読である。詩や短篇小説を訳して、朗読する。これが案外評判がいい。欧米では作家の朗読なんて珍しくも何ともないが、日本ではまだ珍しいので、代理の翻訳者が読むだけでも、けっこう目新しく思ってもらえるのだ。最初のうちはバリー・ユアグローやレベッカ・ブラウンなどの、原稿用紙にして2〜3枚の超短篇にとどめていたが、だんだん調子に乗って、このごろは30枚前後の短篇を、20〜30分かけて読むようになってきた。作者が日本にいれば一緒にバイリンガルで朗読もできる。バリー・ユアグローが日本に来たときも一緒にやったし、このあいだは朝日カルチャーセンターでロジャー・パルバースと一緒にロジャーの散文詩を、まずロジャーが原文で読み、そのあと僕が拙訳を読んだ。おまけには、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の原文を僕が読み、ロジャー訳をロジャーが読んだ。雨にもマケズ、Strong in the rain …

 教師をやっているにもかかわらず、人前で喋るのはそんなに得意ではなく、お客さんの前に出るたびに緊張するし、「基本」と言われる「聴衆の顔を見ながら喋る」ことも全然できないのだが、なぜか朗読はけっこう得意なようである。緊張も全然しない。あれは、手に持っている原稿が一種の盾にもなるし、原稿のなかの世界も一度立ち上がれば一種の盾になるしで、人前にいながら引きこもっていられるから楽なのだろうか。まあ何と言っても、面白い作品を選ぶところがポイントなのだが。最近はあつかましくも自作エッセイを読んだりして、ポイントに全然矛盾しているのだが、これは物珍しさということで勘弁してもらえれば思っている。とにかく目先はいろいろ変えないとね。

 最近本になった、新元良一さんの『翻訳文学ブックカフェ』(本の雑誌社)は、新元さんが書店などで何人かの翻訳者と対談したのを集めたものである。自分も入っているのでアレですがどこを読んでも面白い本である。本では再現できないが、対談の現場では、かならず朗読がある。そもそも毎回、課題図書というか、話題の中心となる訳書が一冊選ばれていて、そのなかで、新元さんが一番気に入った一節と、訳者自身が一番気に入っている一節を朗読しあうのである。そして新元さんは、人の話を聞くのは大変に上手だが、朗読は決してお上手ではない。あまりにも上手でないので、あれはひょっとしたら訳者を立ててくれるためにわざとやっているんじゃないかと思ったりもする。あの優しい人柄だから、それくらいやりかねない。

 当たり前の話だが、詩や小説を目で読むのと、耳で聞くのとでは、味わえ方が違う。そして、耳で聞く機会はそんなにないから珍しがってもらえるわけだが、それももちろん好みの問題である。耳で聞くのなんか好きじゃない、という人がいても全然おかしくない。訳している作家の一人T・R・ピアソンに会ったとき、朗読なんて自分がやるのも人がやるのを聞くのも好きじゃないね、と言っていた。シェークスピアが自作を読むといっても行きたくない、自分の目で自分のペースで読んだ方がいいね、と。それでもアメリカで作家業をやるからには朗読会は逃げられないわけで(日本のサイン会以上に、新刊刊行時には頻繁に、ほとんどドサ回りのようにアメリカ全土を回らされるのである)、ピアソン氏本人が朗読したところを撮ったビデオを見せてもらったが、たしかに全然楽しそうじゃなく、すごく早口で「あーっさっさと終わらせてトイレに行きてぇ」と思ってるみたいな顔で読んでいた。

 だから、トークで僕が朗読をすると退屈している人もいるかもしれないし、そういう人には申し訳ないと思う。でもまあトークを聞きにきてくれるような人は、傾向的に耳から入るのは嫌じゃない人たちだろうから、最大多数の最大幸福は(自分の能力の範囲で)達成できていると思いたい。

 朗読は自分の訳のアラを見つけるのにも役立つ。読んでいて、あ、ここ直した方がいいな、と思ったりすることがよくある。覚えているうちに直そうと思うのだが、トークが終わるとたいてい飲み会になって、おつかれー、とかいって全部忘れてしまう。結局役立っていないか。

 声に出して読みたい日本語、などというが、人前で朗読するときは別として、ふだん日本語を声に出して読みたいと思うことはまったくない。それに反して、英語の場合、何年か前から、かなりの割合で、声に出して読むようになった。黙読が「発明」されたのは何世紀だったか、とにかく1000年くらい時代を逆戻りしたことは間違いない。なぜ声に出すかというと、その方が頭に入りやすい気がするのだ。声に出すからには、文がどこでどう切れているかもちゃんと考えるし、文章のリズムも意識しやすい。だから、電車のなかで本を読むときも声に出す。特に、飲んできた帰りなど、やや脳の回転が悪くなっているから、ゆっくり音読することで頭に入りやすくなって、大変よろしい。隣の人が気味悪がって席を立ってしまい、ゆったり座れるという利点もある。ただし、やっぱり黙読に較べ速度は落ちるわけで、ぐいぐい乗って読んでいるときはさすがに黙って読んでいるようである。

 なぜ日本語は声に出したくなくて、英語は出したいのだろうか。たぶん、英語はそうやって、意味がつかめて、「ちゃんと読める」だけでいまだに嬉しいのだろう。小学校のころ、先生に指名されて、みんなの前で国語の教科書がちゃんと読めただけでそれなりに嬉しかった、あの感覚である。さすがにいまは、日本語をそうやって読めてもそんなに嬉しくないですからね。

 小学校といえば、小学生のころ、NHKのテレビカメラの前で教科書を朗読したことがある。なんだか知らないがテレビ局が学校にやって来て、なんだかいろいろ撮っていて、そのなかで授業風景も、というわけで、勉強だけはできた僕が先生に言われて立って国語の教科書を朗々と読んだのである。いよいよ放送日が来て、夜遅くまで眠いのをこらえて(もちろん当時はビデオなんかない)番組を見たら、「騒音に悩む小学校」という題だった。僕の小学校は、京浜急行の線路脇にあったのだ。放映中、教科書を読んでいる僕の後ろ姿が一瞬映ったような気がしたが、とにかく声なんか全然出なかったことは間違いなかった。

 いまトークでやたらと朗読をやりたがるのは、あのときの失望の埋め合わせをしようとしているのかもしれない。40年後のリベンジ。


柴田元幸 Motoyuki Shibata

1954年東京生まれ。東京大学文学部卒。現在東大文学部教授、翻訳者。アメリカ文学の翻訳多数。主な訳書にオースター『幽霊たち』『孤独の発明』(新潮文庫)、ミルハウザー『イン・ザ・ペニー・アーケード』『バーナム博物館』(白水Uブックス)、エリクソン『Xのアーチ』(集英社)、ダイベック『シカゴ育ち』(白水Uブックス)、パワーズ『舞踏会へ向かう三人の農夫』(みすず書房)など。主な著書に『猿を探しに』(新書館)、『アメリカ文学のレッスン』(講談社現代新書)、『生半可版 英米小説演習』(研究社)など。1992年、『生半可な學者』(白水Uブックス)で講談社エッセイ賞受賞。


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